シリコンバレーとトヨタ、鉄板となった業務改革の第一歩

(前回のつづき)

リーンスタートアップという言葉をご存知でしょうか。簡単にいうとリーンスタートアップは、ビジネスにおいて、仮説立てて、実際にリリースして、そこからの学習を繰り返すことによって、作らなくていいものを作ってしまったり、必要でないものを作ってしまったりすることを避け、高速で成長するための方法論です。エリック・リースが書籍化[1]し、30を超える言語で翻訳版が出版され[2]、100万部のベストセラーとなりました。

「リーン」の由来は?

ところでリーンスタートアップの「リーン」ですが、これはエリック・リースが一から発明した言葉ではありません。方法論をエリックに教えたのは、カリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学でアントレプレナーシップを教えているスティーブ・ブランクです。教えた受けたエリック・リースは、起業にあたり事業の進め方を伝統的なウォーターフォールモデル(企画→設計→製造→テストとかっちり工程を決めて後戻りをしないモノづくりの方法論)からアジャイル技術(小さな工程に区切って反復してモノづくりを行う方法論)に変えるべきだと認識しました。そして、新しいやり方が生産方式の一つとして知られているリーンマニュファクチャリングに極めて似ていることを見出し「リーンスタートアップ」と命名したのです[3]。リーンマニュファクチャリングの別名というか本名はなんと「トヨタ生産方式」です。

リーンスタートアップの源流はトヨタ

もちろんこのことは、リースの書籍[1]に明記されています。ただ、もう少し掘り下げてみましょう。この文脈でリーンという言葉を最初使ったのは、MITスローン経営大学院にいたジョン・クラフチックです。彼はMITに入る前、トヨタとGMの合弁会社であるNUMMIで品質管理エンジニアをしていました。彼は、フォードなど既存の自動車企業と比較しながらトヨタの生産方式の優秀さを明らかにしていきました[4]

彼の論文の中で”lean”という単語が出てきたところをご紹介しましょう。まずは前半部分です。従前の自動車工場の生産システムが非効率であることを述べています。

大部分の西海岸メーカーの生産システムは、全てに余裕があった(buffered)。予期せぬ品質問題に対応すため在庫レベルは高く保たれていた。製造装置が壊れた場合に備え、組み立てラインは生産を続行するための余裕が組み込まれていた。予期せぬ高い欠勤期間を補うため、多くの作業員が給与支払簿に載りつづけていた。修理エリアは、貧弱な組み立てラインを補うようにとても広かった。

次に後半部分です。トヨタ生産方式がいかに効率が良いかを述べています。

トヨタの工場は、本当に無駄のない(lean)オペレーションだった。在庫を最小限に抑え、コストを削減し、品質問題を迅速に検出して解決できるようにした。バッファーレス組立ラインは連続流れ生産を保証した。作業員は、ちゃんと帳簿上の欠勤がわかるようになり、事前連絡なしで欠勤した場合のみ埋め合わされるようになった。品質はプロセス内で達成されるべきであり、修理エリアでは達成されるべきではないという信念の結果として、修理エリアの広さはごくわずかだった。

このように、bufferedの反義語としてleanを定義しました。

余談ですがこの論文には、トヨタ生産方式が当時の進化したフォードの生産方式よりも、純粋な初期のフォード生産システムに似ているという指摘に対して、トヨタの大野耐一が、

かつてヘンリーフォードが生きていたとしたら、彼はトヨタがしたのと同じことを彼の生産システムでもしたであろうと言った。

ということまで書かれています。若い人にはピンとこないと思いますが、現代で例えるならiPhoneを超える製品を日本のだれかが作って世界を席巻したとして、その人が「スティーブジョブスが生きていたら、同じことをしただろう」って言ってるぐらいのでレベルですよ。その日が来るかはわかりませんが・・・。で、当のジョン・クラフチックが今なにをしているかというと、Googleから独立した自動運転開発企業であるWaymoのCEOをしています。なんということでしょう(笑)。

トヨタ生産方式からリーンスタートアップへ

ジョン・クラフチックの論文が発行されたのが1988年。その後、トヨタ生産方式はMITのInternational Motor Vehicle Programによってリーンマニュファクチャリングと名前を変えて世界中に広がっていきました[5]。その20年後、これからのスタートアップがとるべき道をエリック・リースが模索していくうちに、リーンマニュファクチャリングは新たな日の目を見ることになり、「リーンスタートアップ」が生まれたのです。

エリック・リースは来日講演でこのように述べています[6]

製品を作る上でもっとも重要なものはお客様である、という「リーンレボリューション」は日本のトヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)から生まれました。

(略)

マネジメントパラダイムを変え、アジャイルで効率性のあるものにすることで、トヨタのように成功することは日本でも、世界でもできると思います。

え?日本へのリップサービスかもしれないって?それにしては良くできすぎたストーリーじゃないですか(笑)。

ちなみにリーンスタートアップによって発展した企業としてFacebook、Dropbox、Airbnb、Netflixなどがあげられます[7]

で、業務改善にどう活用できるの?

これまで様々な起業論が生まれてきましたが、その中でもリーンスタートアップは特に注目されており、世界中の経営学者やコンサルタントも無視するわけにはいかなくなってきました(例えば[8])。そしてなんだか怪しげなプラクティスかと思いきや、ふたを開けてみると源流は日本のトヨタで、リーンとはムリ・ムダ・ムラをなくすことを意味していました。

世界中で注目されている米国ハイテクベンチャー発の方法論が、実は日本に源流にあった。これだけでも胸が熱くなりますが、それを踏まえてやっと本題です。リーンスタートアップは、ベンチャー企業がうまく成長するための方法論ですが、社内の業務改革にも十分役に立ちます。むしろ、規則、制度、文化、慣習にがんじがらめになった企業にこそ役に立ちます。リーンスタートアップの詳細は他に譲りますが、リーンスタートアップで最も重要なのは、自分たちが良い推測であると考えている仮説を素早く形にして、直ちに顧客からのフィードバックを得ることです。換言すると、成果の出る(と思われる)ことを小さく始め、反応をみることです。

業務改革も、成果の出ると思われることを小さく始める。これなら、組織慣性の内的・外的制約があっても始めやすいですし、過去の成功体験や組織への順応といったバイアスから逃れて実績を上げられそうです。

(つづく)

出典

[1] Eric Ries:The Lean Startup: How Today’s Entrepreneurs Use Continuous Innovation to Create Radically Successful Businesses, Currency (2011).

[2] エリック・リース (著), 伊藤 穣一(解説), 井口 耕二 (翻訳):リーン・スタートアップ, 日経BP社 (2012).

[3]Steve Blank, Why the Lean Start-Up Changes Everything, Harvard Busuness Review, May 2013 Issue, (2015).

[4]John F. Krafcik :Triumph Of The Lean Production System, F. Sloan Management Review,Vol.30, No.1 (1988).

[5]藤本隆宏:生産システムの進化論,有斐閣(1997).

[6]「リーンスタートアップ」著者エリック・リース氏が来日講演。“スタートアップとはマネジメントのことだ” (2012).

[7]Nitish M. Devadiga, Software Engineering Education: Converging with the Startup Industry, 2017 IEEE 30th Conference on Software Engineering Education and Training (CSEE&T) (2017).

[8]Antonio Ghezzi, Angelo Cavallo:Agile Business Model Innovation in Digital Entrepreneurship, Journal of Business Research (in press)23 June 2018 (2018).